プッチ柄と呼ばれる特徴的なデザインが人気のエミリオ・プッチ。大胆な図柄とポップでカラフルな色でレトロ感のあるプッチ柄が今、大人気。

大胆な図柄とポップな色づかい、独特の幾何学模様のテキスタイルが世界中のセレブの人気を集め「プリントの王子」とも呼ばれたエミリオ・プッチ。
エミリオ・プッチブランドの特徴的なプッチ柄とは、大胆でポップな多色使いで、植物等をモチーフとした流れるようなプリント柄、あるいは直線的な幾何学的プリント柄は「プッチ柄」と呼ばれています。
エミリオ・プッチのデザインはひと昔前に流行ったプリント柄を思い起こさせるものです。「流行は繰り返す」、レトロな匂いのするプッチ柄が流行ってるのは当にこの事ですね。
エミリオ・プッチはイタリアのファッションブランド。
1914年、エミリオ・プッチはフィレンツェの公爵家に生まれます。
1934年〜1935年に、スキー・ナショナルチームに所属。着用するスキーウェアは自信がデザインしていたそうです。
ミラノ大学卒業し、アメリカ合衆国ジョージア州アセンズの大学で就学する。
その後、オレゴン州ポートランドのリード・カレッジで、社会学を学びます。
1939年イタリアに帰国したエミリオ・プッチは、フィレンツェの大学で学び、1941年には政治学で博士号を取得します。
第二次世界大戦中はイタリア空軍でパイロットを務め、その後、政治家としてイタリア議会に10年間在籍。
1947年、エミリオ・プッチは自身がデザインした、高校時代のスキーウェアを雑誌「ハーパース・バザー」に掲載すると、それが好評を得て、以後、同誌から女性用の冬服デザインを依頼され、ニューヨークで売り出されるようになり、スポーツウエアのデザイナーとして評判を高めます。
大胆な図柄とポップな色使いの鮮明なプリントは「プッチ柄」と呼ばれるプリントは、マリリン・モンロー、エリザベス・テーラー、ジャクリーヌ・ケネディ等のセレブからも好評を得て、衣服、カーペットなどを制作。
ブラニフ航空の客室乗務員の制服のデザイン、アポロ15号使節団のロゴなどを手掛ける。
1990年、CFDA (The Council of Fashion Designers of America)より表彰されます。
1992年、エミリオ・プッチ死去。その後は娘のラウドミア・プッチがデザインを手掛けます。
1997年ミラノの会社に経営権を譲渡。
2000年、LVMH モエ・ヘネシー ルイ・ヴィトン グループの傘下に入ります。
2001年秋冬からジュリオ・エスパーダがアーティスティック・ディレクターに就任。
2003年春夏より、クリスチャン・ラクロワがアーティスティック・ディレクターに就任。ラウドミア・プッチはイメージ・ディレクターを務めています。
エミリオ・プッチの直営店の情報です。
東京